A:異端の逃亡者 ブネ
異端者は、多くが平民出身だけど、中には貴族もいるわ。
ある男性貴族が、妻である名門貴族の女当主を利用することで、長年に渡り、神殿騎士団の情報を流していた事があってね。こともあろうに、この男は一通り情報収集を終えると「竜の血」を飲んでドラゴン族の眷属と化したの。家族を殺して、証拠を隠滅するためにね……。
幸い神殿騎士団の活躍で、最悪の事態は免れたけど、眷属と化した男は、皇都を脱出して逃げ去ったというわ。討伐依頼を出してきたのは、生き残った妻よ。
~クラン・セントリオの手配書より
https://gyazo.com/2dc520f14d8599d814ece142e59429c1
ショートショートエオルゼア冒険譚
「畜生!畜生!」
男は何度も呟きながら複雑に入り組んだ街並みを縫うように逃げた。なんとか追っ手を捲こうと何度も路地を曲がり、もはや自分自身街のどこを走っているのかさえよく分からない。
ただ、捕まってしまえば異端裁判に掛けられ十中八九死罪を言い渡される。それだけは避けなければ。自分を追う神殿騎士団たちの声や足音が迫る。男は全力で走りながら考えた。固く決意していたはずなのに、最後の情報を流したら僅かな手掛かりも残さないよう妻と子を殺害して逃げると。土壇場で情に絆された自分を激しく罵った。
「くそぉ…これを飲めば良心を消せるんじゃなかったのか!」
男は結局妻子を手に掛ける事が出来なかった。良心を消すと言われた薬を飲み干してもなお良心が邪魔をして何もできず立ちつくした。その場に神殿騎士団が踏み込んできて男はバルコニーから飛び降り逃げ出した。
「畜生!」
男は空になった薬瓶を壁に叩きつけた。
男は良心の呵責を感じなくなるどころか姿まで変わってしまっていた。全身の皮膚はむず痒くなったかと思うと赤い鱗のようなものが生えてきた。顔も鏡を見ていないが口のあたりが前にせり出し、人間の歯が次々に抜け落ちたかと思うと新しい尖った歯に生え変わった。手も太くて厚くて丈夫な爪が伸び、頭と尾骶骨の辺りには痛みを伴った違和感を感じている。
これはイシュガルドで言い伝えられている伝承の通りだ。あの瓶に入っていたのは恐らく「竜の血」だ。
竜の血には他の生物を眷属に変える力があるという。異教徒はそうやって自分たちが信仰する竜の眷属を増やしているのだ。
「こんな話は聞いてない!」
男は走りながら泣いた。もう戻ることが出来なくなった妻子との暮らしを思うと恐ろしく恋しくなり、誰にともなく叫んだ。人間をやめる気などなかった。ただ自分を差別迫害した貴族社会に仕返しをして、ぶち壊して、その後どこかでのんびり暮らしたい、そう願っただけなんだ。だがこんな姿では街に住むことも叶わない。男は走り続け、霊峰ソーム・アルへと逃げ込んだのだった。
そして今日、目の前にこの二人が現れて初めて自分が人間界ではリスキーモブとして扱われていることを知った。
「こんなはずじゃなかった!俺は邪教徒共に騙されたんだ!」
「自業自得でしょ。どこまで人のせいにすれば気が済むの?」
あたしは呆れながら被害者面で語るこの貴族ボケした竜族の男に言った。
「俺が…俺がどんな仕打ちを受けてきたと思ってるんだ!」
「だから奥さんとお子さんを殺そうとしたっていうの?」
腹が立ったあたしはピシャッと言い放った。
それまで饒舌に身の上話を語ってきた竜の眷属となった男は身体をビクッとさせると黙った。
「‥‥仕方がなかったんだ」
「何が?貴方がのんびり暮らすためには?そのためには二人には死んでもらわないとって?」
隣にいる相方からも尋常じゃない怒気を感じる。
「仕返しの為に情報を流したのよね。それ、奥さんとお子さんに頼まれたの?二人の為?違うわよね。良心の呵責を無くすために薬を飲んだのよね。それ、誰かに頼まれたの?奥さんに良心を捨てて楽になってって言われた?」
「うるさい!黙れ!」
竜族の男が叫んだ。
が、それに被せるように相方がもっと大きな声で怒気を込めて叫んだ。
「全部自分のせいだろうが!」